パスカル・マーティ氏は、ボルドーに暮らしていたころも、その後アメリカでも、チリでも、常にあるプロジェクトを頭の片隅に抱いていました。
そのプロジェクトとは、
超低温発酵による白ワイン、というものです。
パスカル・マーティ氏がまだボルドー大学で醸造について学んでいたころ、当時教授たちは、白ワイン造りについて口を酸っぱくして「できる限り低温で発酵すること」と言っていました。
実際に、白ワインの魅力となるアロマは、できる限り低温下で発酵を行うことで最大限にその効果、魅力を高めることができます。
しかし、専門家・現場の醸造家の認識においても、その下限温度は12℃程度というのが定説でした。
それは低温発酵に適応した酵母がなかったことが主な理由です。
事実、ワイン醸造に於いて使用される大部分の酵母(人工のもの、天然のもの両方)は低温発酵には不適なタイプが多いのが現状です。仮に発酵が進んだとしても、満足のいく味わいにならなかったり、アルコール度がワインとして一般的な水準に達しなかったり、と満足な結果が得られない状況でした。
仮に、もし10度以下の低温下で完璧なワイン醸造のプロセスを進めることができれば、その白ワインは画期的な商品となるはずである、とマーティ氏は漠然と考えていました。
しかし、彼の知る限り、ワイン醸造の分野では低温に耐えつつアルコール度を標準的な13度前後まで上げられ、かつ高品質なワインを造ることができる酵母がなく、このアイディアは空想、絵には描けても実在しない「キメラ」であると考え、それ以上の探求はしていませんでした。
 
しかし、思いがけぬ縁から転機が訪れます。2010年からヴィニャ・マーティの輸出先ということもあり、1年に1回は日本を訪れるようになり、和食店で食事をする機会が増えました。マーティ氏はそこで、初めて本物の日本酒を口にしました。
大吟醸や生酒など、当時、日本国外ではなかなか見られなかった高品質なものを飲むと、繊細なアロマ、味わいが存分に感じられました。そして、その日本酒の中には、彼がこれまでワインに表現するのが難しいと考えていた、様々なアロマ、低温発酵でなければ揮発してしまうアロマが見いだせたのです。

そして日本酒の作り方について説明をうけたとき、マーティ氏は心の底から驚いたのでした。それは、日本酒造りが、これまで彼が知っていたあらゆる可能性の範囲外にあったためです。
発酵温度は5度以下で進む段階があるという事、また蒸留などのプロセスを経るわけでもなく、酵母の力のみでアルコール度20度近辺、ワインでは到達できない度数まで到達できること、などなど。
彼のイメージをはるかに超える世界を知ったことで、かつて漠然と思い描いていた、低温発酵ワインの製品化というプロジェクトが、突如具現化してきたのでした。

 
日本酒の醸造についてもっとデータをみたい、比較して検証したい、と考えるようになったマーティ氏。しかし、果実から造るワインと、お米から作る日本酒では異なる点も多く、外国人のマーティ氏にとって困難を伴いましたが、彼は熱心に学び続けました。
その彼の熱意にこたえてくれたのが、
「獺祭」で有名な旭酒造の桜井博志社長(現在は会長)でした。「獺祭」を飲み感銘を受けていたマーティ氏は、この申し出をとても喜びました。桜井社長から多くのアドバイスを受け、自身のプロジェクトの骨子となる醸造プランを造ることができたのです。この時は醸造プロセスの情報だけでなく、多くの数値データまで見せていただき、日本酒酵母を応用した際の様々な疑問点が次々と解決していくようでした。また、桜井氏がかつてチャレンジした、ワイン酵母での日本酒造りにまつわるエピソードを聞くこともでき、非常に盛り上がった一夜でした。その時の助言から、多くの酵母の中でも比較的安定していて低温発酵に向いている7号酵母(真澄酵母)を使うという案が定まりました。
 
製品化を進めるにあたって、必須となる酵母。この酵母を安定して確保するため、その販売元である日本醸造協会への入会が必要でした。明治39年(西暦1906年)1月設立、非常に長い歴史を持つこの協会において、当時、日本国外在住の外国人が直接入会した前例はありませんでした。
外国人で醸造協会へ入会している人はいましたが、日本在住で蔵元に在籍している人であったり、研究者であったりした場合でした。何度も醸造協会と協議した結果、
マーティ氏の熱意が実り、新プロジェクトへのご理解をいただきパスカル・マーティ氏は日本醸造協会の正会員となることができました。
 
2017年、初めて日本酒酵母の輸入を行いました。
しかし、チリ側では前代未聞の出来事だったため、通関をめぐって喧々諤々の状態に。
結局この年の醸造はかなわず、製造準備に充てることになってしまったのです。
しかし翌2018年、無事酵母を確保したマーティ氏は、
自社畑の最上のソーヴィニョン・ブラン種を選定し、
ついに長年夢見た仕込みに入りました。
「ソーヴィニョン・ブラン種本来の香りは、温度上昇で揮発しやすい性質を持っている。 低温発酵をすることで、ソーヴィニョン・ブラン種の白ワインをよりアロマティックに 仕上がることができるのでは、と考えた」

発酵は常に10度以下で行い、一時は5度という、ワインではおよそ考えられない低温下で発酵を行います。その分、通常のワイン造りに比べとても長くかかりました。他のワインが発酵を終えても、この日本酒酵母のタンクだけは未完了でした。既に海外へ出る予定が入っていたマーティ氏は、泣く泣く経過の観察をスタッフにゆだね、チリを発ちました。
アメリカ、ヨーロッパ、中国、日本・・・と回る旅程の中、仕上がりの知らせを聞いたのは、奇しくも東京へ滞在していた時でした。セラーで定期チェックを行っていたスタッフから、「発酵が完了した」と知らせを受けたのです。帰国して興奮しながらそのワインをテイスティングしたマーティ氏。そこには、
想像していた以上に、全く新しいソーヴィニョン・ブランのワインが誕生していたのでした。出来立てのころは一般的に言われるハーブの香り、夏草の香り、といった青い香りは少なく、白桃や白い花を思わせる芳醇な香り、そして、日本で飲んだ大吟醸酒の中に見出した、ローズペダルのアロマが感じられました。味わいもユニークでした。
「切れのある酸、シャープな辛口」というワインが多いソーヴィニョン・ブランですが、むしろその対極にあるような、ボリューム感のある、クリーミーで厚みのある味わいでした。この味わいは、日本酒酵母の影響が強く出たおかげではないか、とマーティ氏は考えています。
こうして、マーティ氏が長い間心に留めていたひそかなプロジェクトが実現したのでした。日本酒の存在を知ってから取り組み始め、実に7年にわたる多くの困難を乗り越えて、ようやく完成したのです。
 
初リリースは、まず酵母を分けてくれた日本への報告としたい、と日本でのみ販売されます。そして、このお披露目を経て、いよいよ来年より世界中で販売されるようになります。完成直後に、試しにチリのワイン評価誌、Descorchados に出品したところ、ラベルなし、名称未定の状態にも関わらず、なんと94点というハイスコアを獲得!南米やアメリカ、欧州ではこの噂を聞きつけ、既に引き合いが殺到しているといいます。世界初のユニークな味わいですが、何より、お刺身や貝料理など、比較的ワインが合わせにくい和食でも見事にマリアージュするという、その実用性が一番の魅力です。ファーストヴィンテージが買えるのは日本のみ!ぜひこの新しいワイン、お試しください。


 


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